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平成元年6月4日、天安門事件が起きました。この時、私は台北の知り合いの家にいて、そのお兄さんが北京から辛うじて戻ってこられて「ひどい」と言って怒りをあらわにしていました。その時、台湾のテレビでは美空ひばりさんが亡くなったと報じていました。
この5年後、NHKの「クローズアップ現代」(キャスターの国谷某)では天安門事件の真相を探るという内容で「天安門事件で虐殺はなかった」と報じました。この番組の中でスペイン放送局が撮影したというものを流し、そこには裏通りから天安門広場に近づいていく映像で静かな通りを映しました。そして番組は「天安門広場での死者はゼロ」だと締めくくりました。何も知らない日本人はこれを見て「騒ぐほどの大した事件ではない」と誘導されていたのです。
しかし実際は下の映像であったのです。見るに堪えない場面もありますが一度ご覧になられるべきでしょう。
そして、ここで言いたいのは、この天安門事件に対する日本政府の対応です。
天安門事件が起こると、シナ共産党の自国人民に対する軍事力の人権弾圧を見た世界はシナに制裁をしました。これに困ったシナは日本に狙いをつけたのです。
天安門事件の翌(平成2)年、海部俊樹政権はヒューストンサミットでシナに対する経済制裁の解除を打ち出しました。
その翌(平成3)年、橋本龍太郎大蔵大臣がシナに行き、世界に先駆けて経済制裁を解除し、さらには海部俊樹首相が先進国のトップを切ってシナを訪問したのです。
続いて宮沢喜一政権となると、宮沢首相の決断で平成4年に天皇皇后両陛下をシナにご訪問させたのです。実はこのご訪問の直前にシナは「領海法」を制定し、尖閣諸島はシナの領土であるとしました。しかし日本はこれに抗議はしませんでした。
この日本の対応を見たシナは江沢民国家主席となると、平成6年に「愛国主義教育実施要綱」を制定して各省、自治区、直轄市、軍機関などに伝達し、シナ全土で反日教育を推し進めていきます。
戦後50年の平成7年5月、江沢民はモスクワで行われた対独戦勝利記念式典に出席して支那事変のシナ被害は3500万人であると演説したのです。
これは南京軍事法廷でシナ側は数を誇張して350万人と主張、間もなく570万人、さらに2168万人と増やして、いつの間にか3500万人になったのです。この演説に当時の村山内閣は何の抗議声明も出さず、村山首相は村山談話を発表して謝ったのです。この日本政府の対応の結果、日本はシナとの関係がよくなったでしょうか。
天安門事件は残虐であるがためにシナ共産党は報道規制をして隠しています。それを隠すために「日本は残虐だ。過去を反省せよ」と責め続けています。それに同調しているのがシナ共産党の走狗・日本の反日メディア、反日左翼勢力です。しかし今やネット時代ですから隠せば隠すほど情報は流れます。
日本のメディアは日本人を騙し、日本政府も呆れた対応をしていたのです。今後、日本はどうしていくべきか、それは明らかでありましょう。
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